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小室哲哉と 恋しさと せつなさと 心強さと

逮捕のニュースを聞いてからずっと考えてるんだけど、やっぱおれTKすごく好きだわ。
いい曲いっぱいあるよね。
小室哲哉? 大衆向けの安っぽい音楽でしょ」とか言ってるセンスいい人たちは一生センスよくボサノヴァとか聴いてればいいじゃない。おれは間違いなく安っぽくてダサい一般大衆の1人だし、TKの作るメロディラインがもう身体の芯にしみついてるから、そのことに目を背けてオシャレなふりなんてできないのだ。
TKがプロデューサーとしてヒット曲を連発していた90年代半ば、自分は特にTKのファンというわけじゃなかった。わざわざCDを買ったりすることもなかった。ただテレビの歌番組やコンビニの店先や、街中の至るところで流れていたその音楽を何度も何度も耳にして、「消費型の音楽」なんて言われていたその曲たちを文字通り“消費”していただけだった。でもそうやって自分の中を通り過ぎた大量の楽曲は、まるで澱のように自分の中に何かを残していったし、それは少しずつ積み重なって砂金のように今の自分の一部分を輝かせてくれている気がする。
売れている音楽にはくだらないものが多くて、そのせいでつい見失いそうになるけど、売れてる音楽の中にも本物はあるよね。何百万枚も売れた、一見薄っぺらく見える楽曲の中に真実が隠されていることがある。
TKの作るメロディには人の感情の奥底を揺さぶる強さがあるし、TKの歌詞にはいつも寂しさがつきまとう(作曲家としてのTKよりも作詞家としてのTKのほうが、もしかしたらその才能、時代を読む目は上だったかもしれない)。「恋しさと せつなさと 心強さと」っていう曲名は、まさにTKの音楽をストレートに表した言葉だと思う。多くの日本人にとって、TKの音楽はチャーミングで愛すべきものとして聞こえるはずだし、その感情を呼び起こすのは大衆好きする切ないメロディと歌詞の存在で。そしてTKの音楽のいちばん深いところには受け手と世界を信じる、力強くまっすぐなポジティビティがある。と思う。
今回の事件に関しては、発覚直後からきな臭い話が山ほど出てきて、実際どこまで本当かはわからんけど、いくら時代の寵児と呼ばれて長者番付を賑わしていても、TKの本質はシンセサイザー好きの音楽青年なわけで。そんな純朴な芸術家が海千山千の詐欺師連中に目をつけられたとしたら、そりゃああっという間にだまされて丸裸になるのは当然だよなあと思った。いくら無茶な贅沢したって100億が自然に溶けてくわけないし、そもそも事業の失敗とか言ってもTKがそれをやりたがってたわけでもないだろうし。誰かが悪意を持って近づいてきて、それにまんまとハメられたっていうのが真相なんじゃないのかな。
冨田勲はTK逮捕の報を聞いて「あれだけいい音楽を作っていたのに。信じられない。人をだます気持ちがあれば、一般大衆に向けた曲など作れないはずだから」と語ったという。おれはこの言葉に共感する。TKがどんな気持ちで1000曲近い楽曲を作り続けてきたか。本当のところは本人にしかわからないけど、でも少なくとも金儲けのためにそれをやり続けるのは無理だよね。音楽が好きで、音楽しかできない一人の芸術家が、音楽に身を捧げて時代に奉仕し続けた結果がこの顛末だとしたら、音楽好きとしては本当にやりきれない限りです。