1988年の自分との対話

おれが高校生の頃はちょうどレコードからCDへの移行期だったんだけど、まだ自分用のCDプレイヤーは持ってなくて、だから聴きたい音楽はもっぱら貸しレコード屋で借りて、レコードからカセットテープに録音してた。金なかったし、レコード1枚買うなら、そのぶんレンタルで借りて10枚聴きたいって思ってて、学校の近くの貸しレコード屋で毎週何枚かアルバム借りて、カセットテープに録音して、SONYのダブルラジカセで繰り返し繰り返し聴いていた。今、音楽をダウンロードで買ってるとかっていう状況を当時の自分にどうやって伝えたらいいのかって思う。

「おい、未来から来たおれだけど」
「え?」
「未来のおまえだよ」
「え? ほんとに?」
「うん」
「そうかー」
「そうなんだよ」
「うん」
「ていうか最近どうよ」
「ええとね、いろいろ調べてるんだけど、チェルノブイリがやばい」
「あー」
「日本の原発もやばいと思う」
「あー」
「37機も建ってるんだよ」
「その件については、うーん、何から伝えればいいかな……」
「こないだ広瀬隆の本読んだんだけどね」
「まあいいや、今日はその話じゃなくてさ」
「うん」
「おまえレコード聴いてるじゃん」
「うん」
「あれそのうちなくなるから」
「あー、CDになるんだよね。まだCDプレイヤー持ってないけど」
「いや、そういうことじゃなくてね」
「ん?」
「おまえ貸しレコードとかすげえ使ってるじゃん」
「うん。こないだ借りたブルーハーツの3rdアルバムものすごくいいよ」
「あれもう借りなくてよくなるから」
「そうだよね。レコードかさばるし、CDのほうがいいもんね。収録分数表示されて」
「ああ、そういえばおれ収録時間とか計ってたねえ……」
「うん、レコードだとストップウォッチで時間計りながら1回聴いてからじゃないと、何分テープに録ればいいかわかんないから。CDだったらあらかじめ分数わかるから便利だよね」
「ええと、まあそうなんだけど、なんていうか、レコードがなくなるっていうのはそういうことでもなくてさ」
「え?」
「そのうちCDもなくなるんだよ」
「え?」
「いや、おれの時代だとCDもなくて大丈夫なの」
「音楽がなくなるの?」
「音楽はなくならないよ」
「レコードもCDもなかったらどうやって音楽聴くの?」
「ダウンロードするんだよ」
「ダウンロード?」
「ええとさ、パソコン、いや、この時代はマイコンだっけ。それはわかるよな?」
「98とかそういうやつ?」
「うん、まあそういうやつ。それで音楽が聴けるようになるの」
「どうやって?」
「CDのデータだけをコンピュータに入れて」
「データ?」
「ええと、とにかく曲をパソコンに入れとくことができるようになるんだよ」
「へー」
「だからパソコンだけあればいつでも好きな曲が聴ける」
「んー」
「なによ、納得いってない?」
「だってパソコン持ってないし、ラジカセで聴けばいいんじゃないの?」
「いや、まあそうなんだけどさ、パソコンがあれば、レコードとかCDとかなくても、曲だけをインターネットから持ってくることができるのよ」
「インターネット?」
「そうかー、インターネットの説明必要かー」
「なんなのそれ?」
「ええと、あれだ、インターネットっていうのは……まあ電話だよ」
「電話?」
「電話線を通って曲が届くの」
「え?」
「パソコンを電話につなぐと、電話線を通って曲がパソコンの中に入るのよ」
「へー! すごいねそれ!」
「すごいんだよ」
「うんうん、聴きたい曲なんでも聴けるの?」
「んーと、なんでも聴けるわけでもないんだけど」
「えー」
ソニーの曲とかはあんまし聴けない」
「えー、CBSソニーもEPICソニーも?」
「うん」
「それはつまんないね!」
「だよな。おれもそう思うわ」
「でもそのほかの曲は聴けるの?」
「だいたい聴ける」
「有料?」
「うん、1曲150円とか200円とかそんくらい」
「へー」
「どう思う?」
「んと、10曲入りのアルバムを2800円で買うよりは安いね」
「そうだね」
「でもパソコンで聴くってことは、ウォークマンでは聴けないってこと?」
「お、そこ気付いちゃったか」
「いや、“ウォークマン”じゃなくてもいいんだけど」
「あー、おまえのそれAIWAのやつだもんな」
「そうなんだけど、その150円で買った曲は、このポータブルのカセットプレイヤーだと聴けないの?」
「いや、カセットじゃないけど外で聴くのはできるよ」
「そうなの?」
iPodっていうのができるんだよ」
「あい……ぽっど?」
「ええと、ウォークマンより小さい機械に何万曲も入れておいて、好きなときに好きな曲を聴けるようになるの」
「何万曲!?」
「そう、何万曲」
「それ何百万円もするんじゃないの?」
「そんなにはしないよ」
「だって1曲150円でしょ?」
「んー、CDはどっちにしろ何千枚も持ってるから、それをiPodに入れるだけでいいんだよ」
「何千枚???」
「うん、何千枚」
「どういうこと!?」
「いや、おまえ大人になって働きはじめたら、給料のほとんどをCDにつぎ込んで、何千枚もCD買うの。それをパソコンにぶち込んで、iPodに入れて毎日聴くんだよ」
「え? そんな大人で大丈夫なの?」
「大丈夫、じゃないかもしれないけど……」
「んー」
「とにかくパソコンとiPodで音楽が聴けるようになって、ラジカセとかあんまし使わなくなるのよ」
「なんかよくわかんないけどすごいね」
「なんかよくわかんないけどすごいだろ」
「じゃあレコードはなくなるんだね」
「いや、それがなくなりもしないんだけどさ……」
「え?」

そんな感じの2012年です。