続・選挙には行かない

なんか前回のエントリにすごくたくさんブクマとかコメントとかついてて、別にあんなに煽る必要はなかったよな、と今はちょっと反省している。みんなめちゃめちゃ怒ってるんだもん……。エントリの内容については特に反省してないけど、無駄にいろんな人を刺激してしまってよくなかったなと思ってます。なので今回はなるべく落ち着いて、もうちょっとだけいろいろ書いてみたい。
そもそもなぜあんな(燃え上がることがわかってる)エントリをわざわざ書いたかというと、自分の中でちょっと反論したいという気持ちがあったんだと思う。たまに選挙の話とかになって「行かないっす」とか言うと怒り出す人がけっこういるので。「とにかく選挙に行くことが正義」という良識派の人に「いや、でも行かない人にもそれなりの理由があるんですよ」ということを伝えたかった。
実際自分も昔は選挙とか政治とかにすごく興味があって毎回いろいろ考えて投票行ってたんです。でもやってもやっても何にも起こらなくてもうイヤになってしまった。選挙という制度自体、何も起こらないことが約束されたシステムなんじゃないかとすら感じている。
こんなことを言ってるとまた「そうじゃない。投票することに意義があるんだ」って言われそうだけど、そこが本当によくわからない。それってただの精神論なんじゃないだろうか。自分が票を入れても入れなくても選挙の結果は同じだし、おれが「あの狂った泡沫候補に投票して、世の中をもっとめちゃめちゃにしたい!」って思っても、そんなのちょっとも叶ったことない。
政治がちょっとでもいい方向に変わって、みんな暮らしやすい世の中になったらいいなっていうのはもちろん自分も思っているつもりです。でも投票行って外食してても、手応えがなさすぎるし、希望も見えずにしょんぼりしてしまうばかりで。自分は以前とある件で議員会館に資料持って陳情に行ったことがあるけど、そのときは多少の手応えを感じることもできた。投票だけが政治参加の方法ではないはず。むしろ投票に行っただけで何かをしたつもりになってる人のほうがおれは怖いと思う。
人生はひどく短くて、だったら選挙というある意味他力本願なシステムに思いを託して政治が変わるのを待つよりも、自分のやるべき仕事を一所懸命やるとかして、今の自分や自分の周りを具体的に変えていくことを考えるほうが有意義で、結果としてそれが世の中も変えることになるんじゃないかと思う。あと自分は恋人とかいないので、それもあって前回は悲観的かつ自暴自棄な感じになってしまって、それはよくなかった。ひとりぼっちはつまらないし、乾いた大地は心をすさませるものですね。
最後にこれはだいぶ甘えた話だから、できれば言わずにおこうと思っていたんですが、自分がその候補者を本当に支持しているわけでもないのに、せいぜい“まし”だと思える人を選んで1票を投じることは自分はやっぱりしたくない。選挙とはそういうものだよと言われればそうなのかもしれないけど、それは自分にとってとても気分の悪いことで、そんなことを続けていれば国が変わる前に自分がおかしくなってしまうだろうと思う。