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選挙には行かない

感想

もうずっと選挙には行ってない。今度のやつももちろん行かない。「とにかくみんな選挙に行こう!」と力説してる人はよくいるけど、仮に投票率が100%になったとして、それでこの国の政治がまともになると思ってるなら、それはちょっと脳天気すぎるんじゃないかと思っている。
若干中2っぽくて恐縮ですが、やっぱこの国は国民があらかたダメだからもう何をどうしたって希望はないと思っている。この国でより多くの人が政治に参加したところで、国民の総意を反映した健全な衆愚政治が始まるだけなんじゃないか。
もちろん今積極的に選挙に行ってる層は、老人だったり利権や信仰を守りたい人だったりが多いんだろうし、その偏った形があるべき姿だとはぜんぜん思わないけど、じゃあそうじゃない人たちが選挙に行くようになったとして、その先に何があるのかというのも思う。教養もなく良心もなく品もない、何の思想も持たない利己的な人たちの票が集まったところで、今の状況から何がどれほどよくなるのか。
コンビニの前でたむろして道ばたにゴミ捨ててる若いのとか、クルマん中に赤ん坊放置してパチンコやってる夫婦とか、愚痴と浪費にまみれたおばさんとか、差別意識が身に染みついたおじさんとか。どうもイメージが貧困で申し訳ないけど、ウシジマくんに出てくるような、決して友達になりたくないような、まともな話がまるで通じない人たちがこの世の中には山ほどいる。またはそこまでひどくなくても、ただただ凡庸で、自分の政治的な基準を持たず、マスコミの偏向報道に流されっぱなしの人たちっていうのもやっぱりたぶんたくさんいる。「とにかく選挙に行け」って言ってる人はそういう層の存在を視野に入れてるんだろうか。彼らの参加によってこの国の政治がいい方向に向かうなんて、ホントにそんなことを思ってるんだろうか。おれはそこがぜんぜんピンとこないのだけど。
でもだからといって、知性と品格を持った心ある人のみが政治に参加して社会をよくしていくべきだ、なんていう考えももちろん間違ってると思う。それは特定の宗教を信仰する人々によって世の中を変えていこうと言ってるのと姿勢的には変わらないわけで、それがまともなやり方だともぜんぜん思えない。だったらやっぱり道徳と常識の通じないDQNな人たちにもどんどん参加してもらうしかなくて、行き着く先はどっちにしたってろくでもない世界ってことだ。おれらが民主主義を選んでやっていく以上、この国でそれ以外の未来図は描けない気がする。
そりゃあ今の政治はひどいもんだと思う。納得いかないことはたくさんある。邪悪な人たちが得をする世界はイヤだし、福祉や医療が貧弱な国はイヤだし、そのせいで真面目に生きてる人が困ったり死んだりするのはイヤだから、もちろんいろいろまともになってほしいと思うけど、実際問題まともになれる可能性はこの国のどこを探しても見つからない気がしている。少なくとも投票率上げたくらいでどうにかなるって話じゃないでしょう。自分を含む多くの国民はひどく馬鹿で、馬鹿が雁首揃えて投票所に並んでも、馬鹿による馬鹿のための政府ができあがるだけでしょう。
もしあなたが馬鹿じゃないとしても、例えばでかい客船に乗ってて、船は沈みかけてて、しかも自分以外の多くの乗客は破滅を望んでるという状況の中で、多数派に抵抗して船をどうにか救おうとしてもそんなのは限りなく無理な話で。それならせめて自分にとっての残された時間をどれだけ有意義に過ごせるかを考えたほうがいい、というのが今のおれの正直な気持ちです。結局どうしたってDQNな人たちと心中するしかないなら、そこは甘んじて受け入れて、腐った政治のとばっちりを受けながら、どうにかタフに暮らしていきたい。
以上「政治が三流なのは国民が三流だから」というありがちな話を、改めて書いてみた。こんな考えが刹那的に過ぎることはわかっているし、自分に子供がいたりしたらまた違うのかもしれないけど、今の自分はだいぶ刹那的に物事を考えていてだいぶダメな感じだなあと思っています。おれは死んだら終わりでいいです。さよなら。