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解題・ミュージックマシーン(9)

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ミュージックマシーンを始めたときから、アクセス数は多ければ多いほどいいと思っていた。好きなことが書ければ規模は小さくてもいい、とかぜんぜん思わなかった。多くの人に見てもらえないニュースサイトなんて何の価値もない。

それに、1日200PVのサイトと20,000PVのサイトを比べたら、やっぱり後者のほうが“何かが起こる”可能性が圧倒的に高い。実際、1日数千PVを超えたあたりから周りがなんだかざわざわしてきたし、自分が予想もしていなかったいろんな面白いことが起こるようになって、ウェブ以外の場での活動がどんどん増えていった。

例えば、アーティストやレーベルから直接メールをもらったり、オフ会に100人近い人が集まるようになったり。いろんなイベントにゲストDJとして呼ばれたり、自分でもイベントを企画してみたり。ミュージックマシーンのおかげで、知らない人とどんどんつながっていけるようになって、それがとにかく新鮮だった。

ネットラジオも楽しかった。MOK Radioはほぼ隔週ペースで3年くらいやってたことになるのかな(MOKについては実験のこのエントリが詳しいです)。最初は津田っちに「ラジオやろうよ」て誘われて、何も考えずに「やるやる」つって始めたんだけど、いい感じで続けられてよかったと思う。これも聴いてくれてた人のおかげです。ラジオも聴いてくれる人がいるから成り立つものだし、もしリスナーが数人しかいなかったらこっちもそれほど面白がれずに早々にやめていたと思う。MOK Radioは一旦終わったけど、今後は「北の国から」みたいに、たまに思い出したときに不定期で放送していくんじゃないかな。あと覚えてる人は少ないだろうけど、ぼくが1人でやってたラジオマシーンというのもあって、そこで深夜にぼそぼそしゃべるのもけっこう好きでした。

ラジオといえば、mF247で「mF Rockin'Chair」というPodcastingの番組をやってたこともあったし(ミドリや9mmやBAWDIESがゲストに来てくれた)、オールナイトニッポン(金曜1部)に1年間レギュラー出演していた時期もあった。自分がオールナイトニッポンに出るなんて、子供の頃は予想もしてなかったから不思議な感じだったっけ。

そのほかにも、S.O.S(The Sound of Shimokitazawa)というプロジェクトで10組のアーティストにCDをリリースしてもらったり、「弾き語りの夕べ」というライブイベントを企画してShibuya O-Eastが満員になったり。特にこのイベントをきっかけにして敏感少年隊の「サウンドオブ下北沢」が生まれたのはすごく嬉しいことだった。

ミュージックマシーンで好きなアーティストにインタビューできたのも面白かった。こっちからやりたいですって連絡したこともあったし、向こうからやってくれない?って言われることもあって。趣味でやってる個人サイトがアーティストの声を一次情報として発信するというのは当時たぶん異例のことで。これもやっぱりミュージックマシーンがある程度の規模を獲得したからこそ実現できたことだと思う。

あとは「in the city TOKYO」というイベントでライブのプロデュースをしたり、韓国に呼ばれてDJやったこともあったっけ。そのほか今思い出せないけどいろんなことがあった気がする。しょーもない話で言えば、ぼくが考えた「タオルミュージック」というキーワードは「現代用語の基礎知識2007」に載ってたりもする。

そもそも音楽を仕事にしたのもミュージックマシーンがきっかけだし、おかげでE.YAZAWAにもPerfumeにも会えたしね。

こうして振り返ってみると、ミュージックマシーンというサイトが自分にとってのターニングポイントになったのは間違いない。読者の皆さんに本当に感謝しています。