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解題・ミュージックマシーン(1)

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ぼくはミュージックマシーンという音楽ニュースサイトを2001年から2008年まで約7年間運営していた。ウェブ上に散らばる音楽ニュースをクリップして短いコメントをつけて紹介するというスタイルは、当時流行っていた個人ニュースサイトと呼ばれるジャンルをなぞったものだったけど、でもこれを国内の音楽に特化した形で突き詰めたサイトは他にほとんどなかったので、音楽好きの人にはわりと重宝がられていたと思う。毎日1人で更新し続けて、アクセス数は50万/月くらい。楽しかったです。

で、サイト終了からちょうど1年経ったので、ミュージックマシーンの思い出とかその他いろいろ、当時考えてたことをいくつか書いておきたい。たぶんこれ何回かの連載エントリになるはず。ミュージックマシーンのことを知らない人にはごめんなさい。

まずぼくがミュージックマシーンを始めるときにコンセプトとして決めていたことが2つだけあって。2001年当時の自分のメモにはこの2つが書き留められていた。

1) 批評をしない
2) 全部やる

ミュージックマシーンは7年間にわたって、この2つのルールを守り続けてきた。以下、これに関してちょっと説明しておきます。

1) 批評をしない
まず1の「批評をしない」というのは、批判しないっていうだけじゃない。好意的な評論もしないし、綿密な分析もしないということ。ミュージックマシーンでニュースに添える自分のコメントからは、いつも批評的な要素を極力排除するように心がけていた。どんなに素晴らしい音楽やニュースに対しても「すげー!」とか「マジかっこいい」とか、その程度のたわいない感想を述べるにとどめて、なるべく意味のない話だけをするようにしていた。自分の主張はどうでもいい。書きたいことを書くんじゃなく、読んでる人が読みたいだろうことを書きたいと思っていた。言いたいことなんてそもそも何にもなかったし。

2)全部やる
そして2の「全部やる」っていうのは文字通り。見つけたニュースは極力全部取り上げるようにしていた。自分の好みはどうでもいい。アイドルポップスもハードコアパンクも同じように扱って、同じように無意味なコメントをつけ続けた。重要なのは自分の選択眼やセンスではなくて、情報収集マシーンとしての性能のみ。とはいえ、毎日大量のニュースを集めてリンクを貼り続けていると、そのニュースのボリュームや無意味なコメントたちが意味を持ち始めるときが来るんだけど。

そして、この2つのコンセプトのもとに、ぼくはミュージックマシーンを極力平坦なものにしたいと考えていた。書き手の主張が見えないフラットなメディアを作りたかった。これは旧来の雑誌媒体における「編集」の概念とは異なるものだし、多くの雑誌由来のウェブサイトは今もこの感覚を理解していないと思う。ウェブにおいては発信する側に主導権はない。

普通の雑誌はアタマからケツまで一定の意志のもとに編集されている。表紙があって、第一特集があって、第二特集があって……という具合。そこには優劣があるし、その優劣を決めるのは送り手の側だ。雑誌を手にとってそのページをめくるとき、読者にとってその瞬間、その雑誌が世界のすべてになる。でもウェブサイトはそうじゃない。どんなに丹念に作り上げたサイトも、ウェブという巨大な場のごく一部でしかなく、その境界線はひどくあいまいで、読み手はいつでもどこにでも行けるし、ウェブの世界ではその自由こそが重要なものなんだと思う。何を読むか/読まないかについての選択権、主導権は読者の側にある。例えばあなたが街角に立って、あっちに行けとかこっちを見ろとか言われたらイヤじゃん。世界中の好きなところを自由に訪れたいと思うはず。おれはウェブサイトを運営するときにはその感覚を尊重したいと思っていたし、今もそう思っている。

IT系の新製品情報や地域情報を扱うサイトなんかではそもそもそういう間違いは起こりにくいのかもしれないけど、音楽みたいな趣味性の高い素材を扱うときに、多くの人がそこを勘違いしてしまいがちなんだと思う。

だから、もしあなたがミュージックマシーンみたいなサイトを作りたいなら(そんな人がいるかどうかは知らんけど)上に挙げた2つのコンセプトを守れば、たぶんけっこううまくやれるんじゃないかと思う。